裾花川源流~大澤通

 戸隠の謎の古道と言われている大澤通という修験の道がある。戸隠33靴を探し回っているときに、この大澤通のことに気が付き、今まで何回か途中まで歩いてみていた。かつて存在した修験者(山伏)の登山道・修験の道だ。

 色々調べていくうちに、千丈大滝や白澤御岩穴があり、白澤御岩穴の前には、「大澤通」の文字が刻まれている石碑が立っていることを知った。さらには、大澤通は、1683mの岩峰を乗越して地獄谷の上部から乙妻山まで抜けている。江戸時代末期の慶応元年、佛心という修験者が、生い茂る草木を刈り払ってこの険しい登山道を切り開いたという。この偉業は「大澤通苅分(刈り分け)」と呼ばれている。

 戸隠奥社に通じる参道にも「高妻山神鏡 大澤講々長武津信 大澤通苅分」と刻まれた石碑が立っている。大澤通の入り口だった。

 自分の体力も考えて、2泊3日のテント泊で千丈大滝と「大澤通」と刻まれた石碑を確認しに行こうと計画した。

 10月のこの3連休が今年最後のチャンスと思っていた。3日間天気が良くないとなかなか気持ちが乗らない。天気予報通りのいい天気に恵まれ、素晴らしい3日間を過ごすことができた。

2026年10月10日~12日 ルート図

10月10日

20キロの荷物を背負って、登山者駐車場から歩いていく。 戸隠牧場を抜けて一不動まで登り上げるのだが、牧場からは素晴らしい山の姿が。正面に五地蔵山。

右が九頭竜山、左が八方睨と蟻の塔渡

やっと滑滝。ここで何年か前に遭難者を救助したことを思い出す。

秋の気配。

一不動までやってきた。ここで一休みをして、裾花川源流に向かって藪漕ぎをしていく。最初は笹の藪で、跳ね返しが強い。うまく沢地形を利用して歩きやすいところをガンガン下降していく。

 この藪漕ぎは何回も経験しているから、そしてとにかく歩きやすいところを下っていけば裾花川の賽の河原に到着する。

目の前には高妻山が見え出した。高妻山の東面の大壁が素晴らしい。

一不動から約1時間。黒滝に到着した。今日はいつもより水量がある。ここからすぐに賽の河原。

賽の河原でテントを張った。1年前に来た時のテン場の名残があった。

テン場から見える高妻山へ続く登山道となっている稜線。

夕暮れ。明日も天気だ。

1年前の焚火の場所で今回も焚火。

10月11日

 いよいよ本番の朝が来た。どこまで行けるか。まずは裾花川本渓を下り、本渓の滝の手前を右に上り上げ二俣まで行く。その二俣までは今までに2回行っているので様子が分かっている。

 そして目的の千丈滝は左俣を遡行していくのだ。

6時に出発。沢靴を履いて快適に裾花川本渓を下っていく。水が少ないところもあるが、沢靴だと安心でかなり時間が稼げた。

標高1683m峯の千丈岩の大岩壁が見え出した。まもなく二俣につく。

二俣に到着した。ここまで2.5時間かかった。本当はここにテントを張れるといいのだが、暗いのでテン場には不向き。この二俣の左俣を行くのだ。

左俣。ここでまた沢靴に履き替えた。

千丈岩(1,683m峰)の南〜南東面大壁。青空に突き刺さるような垂直の白く巨大な岩肌が迫力ある。

千丈滝手前で岩壁の基部を探してみる。

千丈岩の西側に連なる五地蔵山~乙妻山方面へと突き上げる岩壁群。

遠くに九頭竜山が見える。右手の岩壁は千丈岩。

千丈大滝まで来た。水量は少ない。ここで行き止まりとなる。

千丈大滝に続く岩壁。ここでドンつまりとなる。となると、大澤通はどこを通っているのか?地図で確認すると、千丈大滝の少し手前に左俣の小さな沢があった。その沢をたどると千丈岩岩峰を抜けることができる。そのルートか!

千丈岩を抜けるルートをだどってみた。すると洞穴を見つけた。白澤御岩穴ではないと思う。「大澤通」と刻まれた石碑がないから。

九頭竜山から戸隠山。

紅葉がきれいだ。奥に五地蔵山。

 暗くなる前にテン場に戻った。

 千丈大滝には出合った。 白澤御岩穴 とその前に立つ石碑はわからなかった。残念だが、もう一度リベンジ。楽しみを残して2日目の夜もぐっすりと眠ることができた。

焚火で体を休めた。

10月12日

 朝を迎えた。今日はテントを撤収して戻るだけ。再河原から一不動まで続く藪漕ぎも、山3日目なので少し疲れ気味?それでも2時間藪を漕いで一不動に飛び出した。

今朝の黒滝。賽の河原黒滝をもう一度見て、一不動まで続く藪漕ぎ。山3日目なので少し疲れ気味?それでも2時間藪を漕いで一不動に飛び出した。

 一不動では、戸隠遭対協の隊長がいてしばし立ち話をした。戸隠33窟を始めたころに偶然に戸隠山登山口で出会っていた方だ。

 その時の話から、今回の大澤通の話も出来てすごく嬉しかった。

 今回石碑は見つけられなかったけれど、また探し回ってみたい。これが生きる力となるんだな。