扇平山

 予報は雪。でも山へ行きたい!という気持ちが強く、またまた早朝に家を飛び出した。ここのところ通い続けている川上村。扇平山へ登ることにした。
 スタート時点で雪が舞っている。まあ~1.5時間ぐらいで山頂に着くだろうから、ちょっくら登ってこよう。
 鳥獣被害防止柵の扉を開けて尾根に取り付く。川上村はどこにでも鳥獣被害防止柵がしっかりと設置されていて、進入扉を探すのが登山のスタートとなる。今回も検討をつけたところにちゃんと出入口があった。
 藪がなくて歩きやすい。1566m標高点にも苦労なく到着した。ここから北北西に伸びる尾根に乗っかり進んで行く。一度林道を横切りすぐに尾根に取り付く。扇平山の山頂はすぐだ。
 スタートしてから予定通り約1.5時間で1700.6mの扇平山ピークを踏むことができた。雪が静かに降っている。いつもの儀式をして下山に取り掛かる。
 同じルートを下っても面白くない。山頂から南西に伸びる尾根をずんずん下り、秋山の集落に出た。ここから駐車場所までの梓山まで1.6キロ。車では観察できない石碑や立派な家を見ながら村内を追歩くのも楽しかった。

 

2021年1月23日 ルート図

 

歩きやすい尾根に取り付いた。

 

1566m標高点。ここからはこの先の尾根を行く。

 

こんな岩場もあったりして面白いです。

 

扇平山の山頂が見えた。大きく三角点も見える。

 

いつもの儀式

 

扇平山の空。

五郎山~2021mピーク

 昨年の暮れに、2020年を記念して長峰~2020mピークを踏んだ。天気にも恵まれ、川上村の山が気に入った。
 2021年がスタートして半月。ならば今度は2021mピークに立ちたいと思い、探し出したのが五郎山から東にたどっていくと到着する2021mピークである。発見したらじっとしていられない。早朝に家を飛び出した。
 駐車場所まで結構時間がかかり7時半過ぎにスタート。地図上には道があるはずだが、林道が崩壊していて五郎山登山口の標識があるところまでが核心部だったような・・・。
 標識からは急登が始まる。間もなくマキヨセノ頭の肩に着いた。風がすごい。じっと立っていられないくらいで長居はできない。しかしここからの眺望がすばらしく、強風と闘いながらも一つ一つ見える山を確認した。
 一段上に登るとマキヨセノ頭であった。先に進む。やがて見えてきた五郎山の姿。岩稜の山だ。風がなければ直登したいが、今日はちょっと無理。しかも目的は2021mピーク。五郎山の基部を巻いて山頂に立った。五郎山のプレートがたくさん取り付けられていた。三角点を確認し、五郎山の東峰へ。ここからは目指す2021mピークがよく見えた。すごく遠くに見える。どうなることやら。
 まずは2104mピークを目指しそこから北に進む予定だ。
 天気予報では午後から崩れるらしい。時間との競争でもある。2104mピーク手前をトラバースして2021mに続く尾根に乗っかった。岩場で変化があって面白い。途中登れないところがあり、ここだけは巻くしかないか!激藪をかき分け再び尾根に乗った。振り返れば五郎山が立派だ。進む先は右手が切り立った岩稜。ワクワクする。13時前に目指す2021mピークに到着した。
 ここまでかと思ったが、この先のどん詰まりである東端まで行ってみる。簡単に東端に立つことができた。
 2021年に2021mピークに立った。愉快だ。ますます気力が充実してくる。周辺の山々を確認して急いで下山した。予報通り、途中から雪が降り出した。

 

2021年1月16日 ルート図

 

スタート地点の空。風が強い。

 

マキヨセノ頭の肩からの素晴らしい眺望。

 

強風に耐えながら一つ一つ山を確認した。

 

ユノマノ頭~2085ピークは先週歩いた。

 

マキヨセノ頭は高度感がすごい。ワクワクする。

 

マキヨセノ頭。

 

マキヨセノ頭からの眺望も気持ちいい。

 

姿を現した五郎山。

 

五郎山の右奥には甲武信ヶ岳からの稜線。

 

五郎山山頂。たくさんプレートがあった。

 

五郎山からの眺望。

 

山を確認できるのが嬉しい。

 

五郎山東峰の突端から見えた2021ピーク。すごく遠くに見える。

 

シャクナゲの激藪を進む。

 

見えてきた2021mピーク。テンション上がるわ。

 

忠実に稜線を行くが、このような岩稜を越えていく。これまた面白い。

 

目指す2021mピーク到着。いつもの儀式。

 

2021mピークの東端。ひゃあー、ますますテンションアップ。

 

2021mピークの東端まで行ってみた。

 

ここでもいつもの儀式。

 

振り返ると素晴らしい情景が。あの岩稜の上を歩いてきた。

 

この東端の下は毛木平になる。

 

下山時に踏んだ2104ピーク。ここから適当に斜面を下り駐車場所に戻った。

ユノマノ頭~ハタ窪ノ頭~2085ピーク

 昨年に、川上村の長峰~2020ピークを縦走した際に気になったハタ窪のノ頭。尊敬する南川金一氏の「続・山頂渉猟」を参考にしながら歩いてみることにした。
 南川氏と同じようにまず1666mピークを目指す。途中まで作業道を利用し、適当なところで尾根に取り次いだ。苦労することなく1666mピークに到着したが、ほとんど眺望はなし。先に進んで行く。
 刺すような寒さでありマイナス15度ぐらいだろうが天気はいい。途中これから歩くユノマノ頭とハタ窪ノ頭が見えだすとテンションが上がった。この辺りの山は岩場があって面白い。ガンガン進んでユノマノ頭の二つのピークを踏み、ハタ窪ノ頭へは3.5時間で着いた。点名「岩石」。
 今歩いている尾根は小川山北尾根で、ピーク最高点はハタ窪ノ7頭からさらに南の2085m。南川氏もそこまで行っているので、私も行くしかない!シャクナゲの激藪をぬって1時間ちょっとかかって2085mピークを踏むことができた。南側に岩が露出しているところがあり、そこからは金峰山から国師ヶ岳の稜線がきれいに見えた。
 う~ん満足、満足。

 

2021年1月10日 ルート図

 

1666mピークを目指す登りで見えたユノマノ頭

 

1666mピーク。いつもの儀式ですぐに先に進む。いい天気だ。

 

1794mピークを目指す途中で見えたユノマノ頭とハタ窪ノ頭。テンション上がるわ。

 

この辺の山は岩稜が多く、こうした岩も乗越ていく。実に楽しい。

 

1794mピーク。

 

1794mピークを少し北に行くと素晴らしい眺望が広がっていた。まだ歩いていない稜線。

 

ユノマノ頭へ向かう途中で現れたハタ窪ノ頭と2085mピーク。さあ~頑張ろう。

 

ユノマノ頭の一つ目のピーク。

 

1840mピークが二つあるのがユノマノ頭。後ろの八ヶ岳は雲の中。

 

だんだん近づいてきた。

 

ひゃぁ~こうした岩場もクリアしていく。あ~楽しい。

 

目の前にハタ窪ノ頭が。

 

急登してハタ窪ノ頭に立った。三等三角点。点名「岩石」

 

いつもの儀式

 

ハタ窪ノ頭の木々の間から見えた。

 

尾根筋をさらに南下していく。シャクネゲの激藪に突入。1時間格闘した。

 

2085mピークの南側からの眺望。

 

この南側に露出していた岩から東斜面を下った。沢の水が凍りついている。

 

道なき道をどんどん下ったら、崩壊した作業道に出た。

 

畑の畔を利用し、駐車場所まで戻る途中に見えた長峰方面。

 

近いうちにここも登る予定。2020ピークまでつなげたいと思っている。

 

ここも今年中に。

 

今日歩いた稜線の一部が確認できて嬉しかった。

福江島の教会

 福江島を訪問した目的は、隠れキリシタンが信仰を守った教会巡りである。しかしコロナ禍で開放されている教会少なかった。
 それだけに礼拝堂に入れた時には嬉しかったし、各教会のスタンプが用意されていて、スタンプ収集も楽しかった。
 いろんな教会の歴史を現地で確認しながら訪問できたのは感謝。
 最後に知ったことは、教会は海のほうを向いて建っているということだ。昔は山道を歩いて教会へ来るよりも海を船で渡ってくる人が多かったからだそうだ。「ここに教会があるよ」というシグナル。レンターカー会社の人が教えてくれた。
 半面、山の中にあった繁敷教会。建物は古く、十字架が建物の軒下についているから教会と分かる。多くの人の祈りと労力によって築かれ支えられてきた教会で、それだけに深い祈りを感じた教会であった。一番心に残った教会である。
 往復日も含めて4日間。いい時間を過ごせたことに感謝だ。

繁敷教会の礼拝堂

五島福江島

福江島1月3日のコース

 

 ホテルの部屋から見える島々が気になって観光協会に聞きに行った。観光協会の職員は島の名前が分からなくて、よく知っている人を紹介してもらった。「なんで島の名前を知りたいのか?」と聞かれ「興味があるから」と答えたが、どういう意味の質問だったんだろう?
 海外でのインフォメーションセンターでは、いろんな質問をしても分からない?ということはなかったけれどね。

 

島の名前を教えてくれた方も、中心の奥の島は分からないそうだ。ここで生活していて気にならないのかな?日常に溶け込んでいるからいいのかも。

 

 昨日は時計回りに島を半周したが、今日は反時計回りに島を半周する予定。
まずは浦頭教会へ。

 

浦頭教会。

 

 この教会はノアの箱舟をモチーフに造られている。
 下五島司教区の中心的な教会として1888年に献堂され、1968年に迫害100年を記念して、この場所に移築された。

 

ここもコロナ関係で開放されていなかった。
外から中をのぞいて・・。

 

 更に北上して、堂崎教会を目指す。教会手前20mぐらいから所領通行止めで、「歩いていきましょう」看板が。駐車場の真前は海。田ノ浦瀬戸という。

正面に浮かぶ小島が目立つ。

 

 明治6年にキリシタン禁教令が廃止されて最初のクリスマスが祝われたところが堂崎である。後にそれを記念して、ここに堂崎教会が建てられた。

 

ゆっくり歩いて堂崎教会へ。ここも開放されていなかった。

 

 19歳で殉教した五島ジョアン。日本26聖人の一人で西坂の丘で十字架に着けられて殉教。

 

ドミニコ中村長八神父ゆかりのイヌカキの木

 

 ドミニコ中村長八神父は、日本最初のカトリック派遣教師としてブラジルに渡航し生涯をささげた。ブラジル出発直前に、生誕の地である浦頭のイヌカキの木を移植した子孫が大木となったものとのこと。

 

ここでも椿がきれいに咲いていた。

 

教会から少し坂を登ったところにマリア像。ロザリオのサンタマリア。

 

堂崎教会からの奈留島

 

 教会から離れ島まで陸続きのようであるので、歩けるところまで歩いた。この島は海抜22メートル。

 

福江島は紅葉の季節?

 

 土岐大橋を渡って土岐地域へ。
 ここには宮原教会がある。最初にこの地方に赴任したマルマン神父を継いで2代目神父となったペリュー神父が多くの人々に洗礼を授けた教会。

 

宮原教会は民家を思わせるシンプルなたたずまい。

 

やっと聖堂に入れた。その清浄な息吹に触れて感動。

 

土岐地方から半泊地域へ北上。
半泊教会を目指すが、これまた不安になる道を進んでいく。突然目の前に海が現れ教会が。この海は半泊湾。
本土からやってきた隠れキリシタンたちがここに入植したが、土地が狭いため半数を残して他の人々は三井楽方面に向かった。半数の人たちがとどまったから半泊と呼ばれた。

 

半泊教会

 

聖堂に入ることができた!

 

天井も青を使っている。アイルランドの空の色。

 

 アイルランドからの浄財を受けて作ったアイルエランド風のステンドグラス。

青の色は、アイルランドの青空、ガリラヤ湖の青空、サビエルが日本に向かって出発した海の上に広がる青空を表している。

 

この土地の石工が強風から教会を守るために造った石垣。

 

半泊湾からの島々

 

 アウトドア派の私としては絶対に外せないドンドン淵。
 権現岳(380m)の麓にあり水量は豊富とあったので行ってみた。
ドンドン淵とは、太鼓をたたくような音が響くところから命名。いや~ほんとにドンドンと音がするんだわ。

 

ドンドン淵

 

ドンドン淵から西の岐宿地域へ。ここには楠原教会がある。
楠原教会は、宣教師の資金援助を受けながら老若男女が力を合わせて建築に励んだ教会である。

 

赤煉瓦を積み上げたゴシック式の楠原教会

 

ここも入れなかった。

 

窓越しからの礼拝堂。

 

ファティマの聖母マリアと羊飼い

 

 シスターが生活する修道院付属の水ノ浦教会。被昇天の聖母に捧げられた教会。

 

水ノ浦教会

 

白亜の建物が美しい。

 

被昇天のマリア像

 

 この教会内にも入れなかった。しかし十字架の道行きがあり、その道行きをゆっくりと歩くことができてよかった。

 

 教会巡りの最後は打折地区の打折教会。複雑な道を入っていった。
 打折教会は海辺に佇んでいる。

 

打折教会

 

打折教会前の港

 

 次に魚ヶ崎公園に向かう。遣唐使船が最後に寄泊したとされる場所である。
沈む夕日がきれいらしいが、時間的に早かった。

 

最後に鬼岳へ。一気に南下していく。

 

鬼岳。福江島のシンボルとなっているらしい。

 

鬼岳に登頂した。今年の初登山!

 

鬼岳山頂から福江の街。

 

きれいに夕日が沈んでいく。

五島福江島

福江島に渡って2日目。

2012年1月2日に移動したルート。

 まずは鐙瀬溶岩海岸へ。

複雑に入り組んでいる海岸で、鬼岳火山から流れ出た溶岩が海で冷えて形成されている。

 

海岸端にはヤブ椿が咲いていた。

 

 道順から次に向かったのは繁敷教会。
 細い林道らしき道を入っていくのだが、この道でいいの?と思うくらい不安に。ナビにも表れていない道で普段山での林道を経験していなければ、引き返していたと思う。

 

繁敷教会

 

 繁敷教会は、この地に住んだキリシタンの家族が田畑を開墾したことに始まる。その後、厳しいキリシタン弾圧、戦時中の物資供出、ダム建設など幾多の試練を乗り越えて現在この地に教会が建てられている。
 非常にインパクトがあった。

 

礼拝堂

 

 少し南下して大宝寺へ。
 大宝寺は空海が布教した西の高野山といわれている。701年に建立され、806年に空海が唐の帰りに立ち寄り布教した。
 ここには参拝者がたくさんいた。

 

大宝寺

 

大宝寺の鐘楼

 

ここでもヤブ椿が咲いていた。

 

大宝浦から二子瀬(左)と津多羅島(右)

 

福江島の最西端に位置する大瀬崎灯台へ向かう途中には井持浦教会がある。

 

井持浦教会

 

井持浦教会は、フランスのルルドの泉の水を初めてここに移しいれた泉がある。

 

鍵がかかっていて中に入れなかった。外から覗いた礼拝堂。

 

ルルドのマリア

 

ここからルルドの水が流れている。

 

鐘楼を下から見上げて・・。

 

 大瀬崎灯台へは、駐車場から1.2キロ。約30分かかって灯台まで。ちょっとサグレスの海を思い出した。

 

灯台へ歩いて向かう途中見えた嵯峨ノ島。右が男岳で左が女岳。

 

遠くに見えてきた灯台。

 

灯台もとにやってきた。

 

東シナ海の荒波。

 

 風が強かったので長くいることができずに引き返す。ここから少し北へ。玉之浦教会を目指していくが、半島のどん詰まりにあった。
 玉之浦教会は普通に住宅に囲まれていて、尖塔があるので教会と分かる。ここも中へは入れなかった。

 

玉之浦教会

 

教会前は港になっている。

 

 井持浦教会方面まで戻り北上。次に目指すは貝津教会。ここには隠れキリシタンの八人衆を記念したものが雑木林の中に祀られている。

 

貝津教会

 

貝津教会の礼拝堂へ入ることができた。

 

素晴らしいステンドグラス

 

祭壇

 

 いい時間を過ごせた。
 ここからさらに北に向かう。三井楽教会を目指して。三井楽教会の外壁には、島内各地からの貝殻によって造られた壁画で飾られている。

 

三井楽教会

 

 本土からの厳しい弾圧を逃れて1797年にやってきたキリシタンたちが造った教会が、この教会のもとといわれている。

 

祭壇

 

礼拝堂内に設置されていたクリスマス物語。

 

教会敷地にあったマリア像。

 

 福江島の三井楽北部の柏崎にある辞本涯と姫島を見に行くために車を走らせる。第16次遣唐使として五島に寄港した空海の像がある。

 

空海の像と辞本涯の碑。辞本涯は「日本の果てを去る」という意味の空海の言葉。後ろに姫島が見える。

 

灯台と姫島。姫島はかつてのキリシタンの島である。

 

万葉集の歌碑があった。
これは遣唐使に随行するわが子の無事を祈って詠んだ母親の歌で、「旅人の宿りせん野に霜降らば我が子羽ぐくめ天の鶴むら」と刻まれている。

羽田~福岡~五島福江

 2021年が明けた。長野は大雪らしいが羽田は素晴らしい天気だ。早めに保安検査場を通過して、いつも通りラウンジでゆっくりと時間を過ごす。
 国際線と違って、国内線ラウンジには食事がない。それでもいい気分で搭乗時間を待つ。

 

ラウンジも人が少ない。

 

福岡経由で五島福江島へ。福岡からはプロペラ機で約1時間で到着した。

 

 福江島ではレンターカーが必要。予約しておいたレンターカー会社が空港まで迎えに来てくれた。
 
 まずは福江島中心地を歩き回った。

 

常灯鼻。石田城を築く際に北東からの波を防ぐために造った。当時は灯台でもあったらしい。

 

 1540年に明(みん)の貿易商がこの地にやってきて居住するようになった。彼らが航海の安全を願って建立したのが明人堂(みんじんどう)。この周辺は唐人町といわれている。

 

明人堂(みんじんどう)

 

六角井戸。唐人町に住む中国人の井戸。井戸枠が六角形の板石で囲んでいる。

 

浄土宗の宗念寺。イボ取り地蔵があるらしい。

 

 最初にキリスト教が伝えられた1660年代。以後豊臣秀吉のバテレン追放令と徳川時代のキリシタン弾圧の時代を経て、1869年に久賀島から信仰の自由を求めてこの地にキリシタンがやってきた。福江教会は1962年に建立された。

福江教会。

 

礼拝堂の中には入れなかった。

 

 武家屋敷通り。
 五島藩士や豪族が住んでいた地域で、溶岩塊を積んだ石組の上にこぼれ石という丸井氏が積まれている塀が連なっている。門は薬医門と呼ばれる門構えであり、門の奥には民家がある。

 

石田城跡の近くの五島観光歴史資料館。

 

福江港

 

フェリーチケット売り場

羽田空港

 毎年年末年始は海外で過ごしていたが、今年は泣く泣くキャンセルせざるを得なかった。じゃあどうしようか・・・。
 長野は大雪。1月1日のフライトに間に合わないと困るので、今日のうちに羽田空港まで来てしまった。明日から4日間の予定で五島列島へ行くことにした。ANAのスカイコインで航空チケットとホテルを購入。かなりお安く行ける旅行となった。
 夕暮れから夜の羽田空港は初めてだ。
 2020年の最後の夜は、空港のホテルで静かに過ごしている。

 

夕暮れ

 

夜の空港デッキ

 

夜の空港

二十曲峠~御正体山

 せっかく山中湖に来ているから山に登らなくちゃあもったいない。
 今年の山納は二十曲峠から石割山経由の御正体山とした。登山道があるから物足りない?ならば時間が勝負だ。標準タイムでは往復約8時間。どのくらいでピストンできるだろうか。
 昨日確認しておいた二十曲峠へ。今朝も二十曲峠からの富士山が立派だった。9時過ぎにスタート。途中、石割山まで行くという男性2人パーティーを抜いて、あっという間に石割山に到着した。
 山頂へは帰りによることにし、御正体山を目指して北へ進んでいく。ここから先へ行く登山者は、今日はいないようだ。静かな山歩きができるだろう。
 道は整備されているが、眺望は良くない。いくつかのアップダウンを越していくと、鉄塔が建っている場所に出た。ここからは富士山と南アルプスが見えた。
 奥ノ岳、中ノ岳、前ノ岳を越していくと最後の登り。スタートしてから2:40で山頂に到着した。まずまずか。山頂には大権現社が設置されており、山梨百名山と標識に書いてあった。
 すぐに下山に取り掛かる。途中石割山のピークを踏んでスタート場所に戻った。整備された登山道のある山ではあるが、静かな山登りが楽しめて嬉しかった。

 

2020年12月29日 ルート図

 

二十曲峠からの富士山。富士八景といわれている。

 

整備された登山道を登っていく。

 

御正体山が遠くに見える。

 

奥ノ岳(右)と中ノ岳(左)を越していくのだ。

 

奥ノ岳(1371m)

 

中ノ岳(1411m)

 

前ノ岳(1471m)

 

御正体山山頂に祀ってあった大権現社

 

御正体山の空。

 

鉄塔が建っている場所からの富士山。

 

南アルプス

 

御正体山もよく見えた。

 

帰りに寄った石割山からの富士山。石割山も山梨百名山。

忍野八海

 忍野村にある二十曲峠からの富士山は富士八景に認定されている。明日はこの二重曲峠から御正体山をピストンする予定なので、下見を兼ねて二十曲峠に行ってみた。峠からは素晴らしい富士山の姿。

 

押野富士というそうだ。

 

 忍野八海という観光スポット。
 「忍野八海」は、富士山の伏流水に水源を発する湧水池とのこと。引き続いてちょっくら行ってみた。

 

阿原川に沿って歩いていく。

 

銚子の形をした丸い銚子池

 

新名庄川のほとりを歩く。

 

お釜池。かつては窯の中で熱湯が沸騰するように水が湧いたことから名づけられたとのこと。

 

湧池は湧水量が豊富でニジマスが住んでいる。

 

出てきました。

 

丸い井戸のような形の湧水口で水深8メートル。

 

ここでは水で手を洗った。

 

かつては濁っていたという濁池。

 

合掌造りの古い家と富士山。

 

鏡池。空が鏡のように反射している?

 

 菖蒲池もあったが、今は季節外なのでちょっと汚かった。勝負の花が咲く時季はキレイなんだろう。
 忍野八海は、今年の1月に行ったサンアントニオの日本バージョンのような気がした。

 

山中湖の湖畔から昨日登った山々が見えて嬉しい!

 

まもなく沈む太陽を背負った富士山。